★プロフィール詳細
【大学時代の陸上競技】
~中長距離・駅伝~
自分の長年のキャリアを振り返ってみると、還暦を過ぎた今でも元気にコンサルの仕事や日常生活が出来ているのは、何といっても学生時代の陸上競技のおかげと、つくづく述懐しています。高校時代はヘッポコ選手でしたが、大学に入って指導者や仲間・練習環境に恵まれたおかげで充実した競技生活を送る事が出来ました。
今でも当時の仲間とは(学内だけでなく対校戦のライバル校OBも含めて)良好な交友関係をさせていただいています。奇遇と言うか引き寄せと言うか(笑)某対校戦相手の中距離のエースH君とは何と、日清製粉に同期で入社!長年に亘り同じ釜の飯を食ってきました。この大学とは1年の時のグラウンド水没事件?をキッカケに親しくなりました。入社後の最初の配属部署では、2つ隣の部署に先輩世代の東海地区の駅伝ライバル校のエースの方もいらして、更にビックリ!この陸上引き寄せ(笑)は他にもいろいろあります。
今にして思うとハードなスポーツで大変な経験でしたが、自分の「心・技・体」を構築してくれたと感謝しています。仕事関係の人的ネットワークだけでなく、定期的な運動習慣(今はファストウォーキング)も現在まで長年継続。健康・体力も維持出来て、思考を深めるコンサルの仕事にも役立っています(思考と健康・体力は密接に関係します)。
陸上競技は自分の人生・ビジネスを語る上で欠かせません。ここで少し当時を振り返ってみます。
・主なベスト記録
1500m:4分00秒4
(1986年:東海インカレ、当時の名大記録)
20kmロード:1時間05分44秒
(1986年:元旦ロードレース、当時の名大記録)
・主要大会成績
(東海インカレ)
1984年:800m7位
1985年:1500m7位、5000m7位
1986年:1500m5位
(全国七大学総合体育大会:七大戦)
1985年:1500m5位、5000m2位
1986年:1500m3位、5000m4位
(東海学生駅伝)
7区間100km、全日本大学駅伝の地区予選
1985年:4位(5時間32分49秒)
個人成績:2区(21.1km)5位
(1時間8分11秒)
全日本大学駅伝の出場権(東海地区は当時3校枠)まで1分17秒差で、惜しくも逃しました!
今でも当時の仲間とは(学内だけでなく対校戦のライバル校OBも含めて)良好な交友関係をさせていただいています。奇遇と言うか引き寄せと言うか(笑)某対校戦相手の中距離のエースH君とは何と、日清製粉に同期で入社!長年に亘り同じ釜の飯を食ってきました。この大学とは1年の時のグラウンド水没事件?をキッカケに親しくなりました。入社後の最初の配属部署では、2つ隣の部署に先輩世代の東海地区の駅伝ライバル校のエースの方もいらして、更にビックリ!この陸上引き寄せ(笑)は他にもいろいろあります。
今にして思うとハードなスポーツで大変な経験でしたが、自分の「心・技・体」を構築してくれたと感謝しています。仕事関係の人的ネットワークだけでなく、定期的な運動習慣(今はファストウォーキング)も現在まで長年継続。健康・体力も維持出来て、思考を深めるコンサルの仕事にも役立っています(思考と健康・体力は密接に関係します)。
陸上競技は自分の人生・ビジネスを語る上で欠かせません。ここで少し当時を振り返ってみます。
・主なベスト記録
1500m:4分00秒4
(1986年:東海インカレ、当時の名大記録)
20kmロード:1時間05分44秒
(1986年:元旦ロードレース、当時の名大記録)
・主要大会成績
(東海インカレ)
1984年:800m7位
1985年:1500m7位、5000m7位
1986年:1500m5位
(全国七大学総合体育大会:七大戦)
1985年:1500m5位、5000m2位
1986年:1500m3位、5000m4位
(東海学生駅伝)
7区間100km、全日本大学駅伝の地区予選
1985年:4位(5時間32分49秒)
個人成績:2区(21.1km)5位
(1時間8分11秒)
全日本大学駅伝の出場権(東海地区は当時3校枠)まで1分17秒差で、惜しくも逃しました!
4年の時の東海インカレ1500m決勝レースのラスト1周。この時点では3位でしたが最後の直線で2人に抜かれ5位。前年まで2年間、800・1500・5000mの7位ホルダーだったので、最終学年でやっと6位入賞して得点出来ました。当時の名大新記録だったのに、あと0.5秒で3分台を逃したので、みんなから「根性なし」などボロカスに言われました(笑)。
後方のゼッケン250番は、現在の中京大学の中長距離・駅伝監督の榊原靖之さん。私の2年下で、青山学院大学の駅伝名将・原晋監督とは中京大学陸上部の同級生。ちなみに恩師の金尾さん(↓↓)は高校駅伝の強豪・世羅高校出身で、原監督の先輩です。彼が入学した年の東海地区の大会時に金尾さんのところに挨拶に来ていましたので、原監督の事は学生時代から知ってました。
後方のゼッケン250番は、現在の中京大学の中長距離・駅伝監督の榊原靖之さん。私の2年下で、青山学院大学の駅伝名将・原晋監督とは中京大学陸上部の同級生。ちなみに恩師の金尾さん(↓↓)は高校駅伝の強豪・世羅高校出身で、原監督の先輩です。彼が入学した年の東海地区の大会時に金尾さんのところに挨拶に来ていましたので、原監督の事は学生時代から知ってました。
・大学2年時から3年間指導いただいた金尾洋治コーチ(現在は東海学園大学教授・中長距離コーチ)には大変お世話になりました。我々の年代は必死に競技に取り組んだものの全日本大学駅伝に出られませんでしたが、卒業2年後に後輩たちが7年ぶりに復活してくれました。その後、何度も出場して現在の東海地区の大学駅伝の上位校としての基礎を築いて盤石にしてくださいました。ユニバーシアード優勝を始め世界陸上・リオ五輪・東京五輪などに日本代表で出場した鈴木亜由子さんの指導を最後に名大から離れましたが、彼女の大活躍の土台を作って、今に至るまでOBOG会を盛り上げてくれる立役者です。
金尾さんの退任パーティー(2014年3月)。全国に散らばっていて普段会えなかった同世代のOBOGが、この時ばかりは遠路はるばる名古屋に集合して、深夜まで飲み明かして旧交を温めました。
東京五輪のマラソン選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」(2019年9月)。鈴木亜由子さんが2位になり、五輪出場権を獲得!沿道で応援の後は近くのカフェを貸し切って、みんな揃ってテレビ観戦でも応援。超大盛り上がりでした。
名大で開催された鈴木亜由子さんの東京五輪壮行会(2019年12月)。あと数ヶ月ずれこんでいたら、コロナ禍に突入して開催できないところでした。MGC同様の大盛り上がりでした。